N/OH

2021/03/04 19:55

N/OH - LEDGE.  #03

ノウレッジ・ノウの心得。


ノウレッジでは、わたしたちのこだわり、気にかけていること、好きなもの、会いたいひと etc.を紹介していきます。そこになにか、「こたえ(答え・応え)」があるのではないかと思っています。相互作用、情報伝達、意思疎通。私たちの作品は、さまざまなものごととの「反応」でつくり出される揺らぎのようなもの。その揺らぎの「素」をノウレッジで表現できたらと考えています。

 

 


BOTANIZEの横町健さんと語り合った[N/OHのいまとこれから。]



[ Vol.1 ]



 

 

彫刻家・アートディレクターの宮脇志穂の思想から生まれた、N/OHの植木鉢は、彫刻の技術を生かした「削り」や、足付きかつ縁を欠かせたディティールで、日本の植木鉢界に新風を吹き込み続けている。塊根植物ブランドやプランツショップを展開するBOTANIZE(ボタナイズ)ディレクターの横町健さんは、その進化を長年に渡って見つめてきたひとりだ。

 

N/OHの現在地と作品の進化を辿るため、コーデックスと呼ばれる塊根植物やサボテン、多肉植物を広めてきた日本の第一人者である横町さんと、N/OHメンバーの宮脇と、クリエイティブディレクターの増元直人、そしてカメラマン・デザイナーのマーティンの3人が本音で語り合った。

 

[取材・文:笹川ねこ]



 

SNSでつながった植物好きのコミュニティ

 

――そもそも、ふたりの出会いから教えてもらえますか?

 

横町:もともと、Instagramの植物好きとか植物屋さんとかコミュニティが広がっていた時期があって。そのときにフォローしてフォローしてもらって。初めて会ったのは、名古屋のイベントの打ち合わせのときで、植物のつながりの方に「すごい先生(笑)がいる」って紹介してもらって。その日は挨拶して軽く飲んだかな。そのすぐ後、僕が大阪でイベントをやったとき、わざわざ来てもらったんだよね。あれは何年前かな?



宮脇:2015ですね。

 

横町:もう6年前なんだね。植物を展示しながら販売もするイベントをやったんですよ。そのときにうちの植物を買っていただいたんですけど、まあ先生に値切られまして。

 

直人:先生(笑)、値切ったんですか!?

 


宮脇:だから先生ってやめてよ(笑)

でも値切ったのは、事実です。当時は、塊根植物が流行りはじめた頃で全くわかんないし、それまで苗で500円とか、ホームセンターとかのイメージでしかなかったから。


横町:まだ流行り始めで、すごく珍しかったよね。一般的にこれがいくらだっていう相場観もわかんなかった。あれね、うちの仕入れが38000円くらいだったから、ある程度の金額で値札をつけといたんですよ。それを先生が「高い」と。「15000円じゃないと買わない」とえらい勢いで値切られて(笑)。絶対に持って帰るまで粘ると思ったから、早々に「どうぞお持ちください」と。

でもね、管理が結構むずかしい植物なんですけど、今も大切にしてくれていて。あの植物は、先生のところに行ってすごく幸せだったなと。

 

宮脇:毎年花も咲いています。ただ私は、人生でそういったことは一度しかしたことはないですよ。誤解をされたくないので言いますが(笑)自分では判断がつかないけど、その株はいいなと思って。本当はあんまり買う気なかったんですよ。

 

横町:その割には、いい勢いでお値切りになられたんで(笑)、第一印象は完全に商人だったんだけど、後で志穂ちゃんのことがわかると、すごく根が真面目な、職人気質なアーティストの人だったんだなと。 



彫刻家の植木鉢が「新しい文化」に

 

――その後、志穂さんが手がけたNEOSHINOの植木鉢を、健さんが本で紹介したんですね。

 

横町:2016年に、僕が出した塊根植物の本『All about CAUDEX』で、植物の紹介ページの後に、人気の鉢と鉢の作家さんを紹介することになって、志穂ちゃんにも出てもらったんです。




当時、いわゆる陶芸家の作家さんで、植木鉢だけを作っている人はまだ全然いなくて。陶芸家さんは、鉢を作って穴を開けることに抵抗があるみたいで、穴の開いたものは器より下に見られがちだった。今でもそういうのはあるね。でも志穂ちゃんは、そういうのを微塵も感じさせずに、新しい文化をやってくれると僕は感じたんですよ。

 

宮脇:そう。(穴を開けるのは)抵抗はあったけど、みなさんに知ってもらえるようになった「朔」という作品は、むしろ鉢だからこそ活かされると思っていた。食器を作ろう、ではなくて、できた瞬間から「鉢がいいな」って。植物との合わせが面白いと思ったので、あれに関しては抵抗がなかったですね。

 


そもそも、器というカテゴリーではなく、彫刻というカテゴリーで作りたいと思った第1号の作品。そういう意味では、陶芸家さんとは全く違う感覚で、私はスタートしたかもしれないです。

 

横町:それがなんとなくわかったというか。


宮脇:当時の手帳に、「今年は植物と合わせた仕事をしてみたい」と書いてあったので、もしかしたら意識はしていたかもしれないです。

 

 

初めてのボタナイズ別注が「完売」した日

 

――2017年にボダナイズ別注でコラボしました。どんな流れで決まったんですか?

 

横町:もう自然にね、じゃあ仕事なんか一緒にやろうよ、みたいな。

 

宮脇:東京に来たときに、遊びに行って、「なんかやってよ」みたいな感じで言われて。そのスケジューリングが突発的でおよよ……となって(笑)。でも初めて発注してもらった仕事だったので、そういう意味ではすごく緊張しました。

 

横町:またー。

 

宮脇:絶対に失敗できないし、まず大きさを揃えて作っていくことに対するプレッシャーが大きくて。それまでは、そんなこと考えずに自由に作っていたので。ある程度オーダーがあるけど、ひと窯に何個入るか計算できてなかったし。例えば、2個だけ入らなかったらどうしようとか(笑)。もうめちゃくちゃ緊張したし疲れました。ヘトヘトだった。



横町:コラボの鉢がデビューしたのは、横浜のBEAMSだよね。

 

宮脇:そうです。「六角形でなんかできない?」と聞かれて、もともと私は八角形を作っていたので、「全然できますよ」と作らせてもらったのかな。

 

横町:逆に、先生に発注したのに、万が一うちのパワーが足りなかったらと、ひやひやしながらイベント当日を迎えた覚えはありますね。でもSNSのみの告知で、無事に初日にきれいに完売して。

 

マーティン:さすが先生(笑)ですね。


宮脇:今は、選べるくらい植木鉢を作る作家さんはいるんですけど、当時はそもそも作っている人が少なかったから、ブルーオーシャンだったところはあるとは思います。だけど、(ボタナイズの)販売力が本当にすごいと思う。

 

横町:塊根植物を陶器の鉢に仕立てることが、はしりだったのかな。プラスチックの鉢だったところに、ちょっとずつ「仕立てて観賞する」「いい器にいい株を」みたいな流れが生まれていた頃だったよね。