N/OH

2022/04/01 13:21



 

志穂:ここまで松本民芸家具についてお話をお聞きしてきましたが、池田さんご自身のこともお伺いしたいです。ご趣味は何ですか。

 

池田:写真が好きなんです。それが唯一の楽しみですね。

 

志穂:写真を撮りにどこかにお出かけになったりもするんですか。山歩きがお好きだとおっしゃっていましたよね。

 

池田:野生動物を撮るのが好きなんです。鳥を中心に撮っているんですけれど、きれいなんですよね。柳宗悦先生のいう「美しさ」とはなんだべと、常に意識のどこかで思っているんですが、やはり自然の美しさが一番美しい。どんな人が見て美しい。紅葉の山を見にいけば、みんながきれいだという。ああ、これだと思う。動物も同様に美しい。「美しい」という感覚は主観ではなくて客観性があると思うんです。

 

池田:クマタカを追いかけるのがライフワークになっています。でも、全然撮れない。休みがあるごとに、吹雪でも家族を顧みずに山に朝から行って、吹きっさらしの、クマタカが飛んでくるんだか来ないんだかわからないところでポツンと一日待ってるんです。そして、ある日ようやく出会う。その時の勇壮さには圧倒されますよね。わぁ、すげぇなぁって。世の中には絶対的に美しいものがあるんだって。それをくりかえしくりかえし、見に行きたくなるんです。



直人:冒頭にお聞きした、職人たちの反復によって生み出す美しさに似ていますね。


マーティン:美しくあろうとするのではなく、進化していくことで得てきた美しさがありますよね。



池田:美しい。すごく孤高。普遍的なものと進化・変化していくものが常に表裏一体でなくてはいけないし、民藝に携わる人間は美しさを求めていく使命があると感じます。その「美しさ」をどう捉えるかで、進化の方向性が変わってくる。目に見える、誰かが美しいと言ったから美しいとされるような「美しさ」か、人智の及ばないような世界の「美しさ」か。柳宗悦先生がいったのは、おそらく後者なんですよね。その後者を生み出すには、反復と、そこに携わる気構えが必要なんです。気構えといっても、そんな大層なものではなくて、使う人の立場に立ち、使う人のためを思って変化し、進化しながら誠実に積み重ねるということなのだけれど、そこから自然と滲み出てくる美があるよという話なんです。

 

志穂:すばらしいお話ですね……。

 

池田:「そういう美しさがあるから、あんた達がやっていることはすごく尊いんだよ、だから頑張りなさい」と、柳宗悦先生は言ってくれたわけです。それをうちのじいちゃんが「おお、そうか」と思っちゃった。とんでもないことですわ。本当に。やめておきゃよかったのに。おかげで苦労していますよ(笑)。

 

志穂:でも、そういった自然な美しさはやはりみんなに伝わりますし、美しく作ってやろうとしないもののよさってありますよね。昨夏、甥っ子がうちのアトリエで作ったものは、その夏にアトリエで作られたものの中で一番魅力的でした。こういうものづくりをしたいなって思うような、意図しないもののよさがあったんです。

 

直人:子どもの話になったので思い出したんですが、志穂さんの作品を子どもに踏んづけられたことがありましたね。

 

志穂:ありましたね! 野焼きで焼いた、一見するとパンみたいな彫刻を、野外のイベントの時に芝生の上に置いておいたんです。そしたら、子どもが石と間違えてよっこいしょと踏んづけてよじ登って乗り越えて。その子のお母さんは慌てて謝ってくれたんですが、私は、自然の石だと思ってくれたことが、 めちゃくちゃうれしかったんです。

 

池田:子供には僕らの持っていない感覚があるんでしょうね。



直人:そして良いものは子供もやはりわかるんですよね。アトリエにはラッシ編みの3人がけのベンチを入れたんですが、昨夏に甥っ子が来たときには、大人しく座っていました。もちろんこちらが「これは良いものなんだぞ、壊すなよ」というオーラを出しているという理由も多少あるのでしょうけれど。

 

志穂:それ以前にそこに置いてあったソファーベッドでは、その子は上で飛び跳ねて、かけてある布をぐしゃぐしゃにしてしまっていたんですけどね。


 

池田:創業者の祖父が、情操教育として子どもには良いものを使わせなさいと言っていました。その「良いもの」とは、贅沢なものではなく、ちゃんとしたものという意味ですが、その「良いもの」によって子どもが感じ取ることがあるはずで、意識形成に大きな違いを生むと言っていたんです。だから作る方も自分たちが作るものを、そういうものだと思って作らなければいけないよと職人達に言っていました。それはすごく責任のあることだ、と。



直人:無意識下で育つものがある、それに貢献する家具ということですね。松本民芸家具さんのものをお子さんが買われることはあるんですか?

 

池田:先日7歳のお子さんが、ビューローを指名して買いに来たんですよ。何に惹かれたのかまったくわからないのですが、その日は学習机のフェアで他社さんのものも周りにあったのに見向きもしない。ビューローは40万円もしますし、親御さんは困っていたようで、「いったん落ち着こう」と娘さんをなだめて帰っていきました。そりゃそうだな、と思いながら、将来お役に立てればいいなと思って、資料を送ってみたんですよ。そしたら、その資料が届いたことを娘さんに見られちゃった。娘さんはすっかり「買ってくれんだ!」と思い込んでおおはしゃぎ。親御さんもとうとう根負けして「家にあるありったけの商品券を持ってきました」と言いながら、買ってくださったんです。



直人:良い話だなぁ。

 

池田:でも、子どもに反応してもらいたいと商業的に狙って作るといやらしいものになるんですよね。いかにも「子供向けに作りました」という感じになる。子供をダシにするようなところに落ちてはいけないと思います。

 

直人:そうですね。今日一日を真摯に、粛々と生きることが100年を作るのだろうと、最近よく思います。頭でっかちに100年後を見据えてこうしようというのも悪くはないのですが、いかにフィジカルに体を動かして、自分たちの足元を見て、自分でできることを実行していくかが重要だなとお話を聞いて思います。

 


池田:柚木沙弥郎先生の展覧会を、ここの2階でやったことがあるんです。4年かけて41点も絵を描いていただいて、2週間の開催でやったんですが、結果的に2時間で完売してしまうほどの人気でした。その準備の際に、柚木先生のお宅に何度か伺う機会を得たので質問してみたんです。なぜ98歳になっても仕事を続けるんですかって。

そうしたら、こう言うんですよ。

 

「世の中、毎日毎日みんなそんなに幸せじゃないだろう? 今は特にこんな時代だから悪いことが多いよね。一日のうちに嫌なことがたくさんあるのは当たり前の世の中だから、一つ良いことがあったら、それを拾うべきだ。一つでも拾えることがあれば、それはその人の幸せにつながっていく。だからあなたは覚えておきなさい。どんなに嫌なことがあっても、一日に一つは良いことがあるはずだから、それを拾う努力をしなさい。自分が仕事を続ける理由は、誰かが自分の絵を見て、すてきなものを見た、きれいなものを見たって喜んでくれたら、それはその人のためになるからだ」って。

 

一同:すてきだなぁ。



池田:これを聞いて思いましたね。自分たちの仕事も、まさにそうあらなければいけないなって。誰かに幸せになってほしいという願いのもと、仕事をする。柚木先生の展覧会も、遠くから皆さん来てくださったのに完売しちゃっているから、最初はみんな残念がったんです。でも最後にはみんな笑顔で「良いもの見たわ、ありがとう」と言いながら帰っていく。柚木沙弥郎先生の魅力の根源にあるのは、「幸せになってほしい」という意識なんだなと思いました。

 

志穂:すばらしいですね。私たちの在り方も考えていきたいなと思いました。本日は多岐にわたるすばらしいお話、豊かな時間を、ありがとうございました。



【編集後記】N/OH クリエイティブディレクター

増元直人


そういえば「若い時の苦労は、買ってでもしろ」と、信州出身の僕のおじいがよく言っていた。遠くに見えるアルプスの稜線。雪の白さは真っ青な空を浮かび上がらせる。おやきを食べては、観光客向けの味付けに文句を言っていた、おじい。長野オリンピックの開会式で、県歌「信濃の国」が流れたとき、大号泣したおじいの姿は、今でも忘れられない。

松本民芸家具に初めて触れた記憶は、特にない。しかしながら、なんというか、こう、暮らしの中にそっとそこにある。そんな感覚を持っている。

今回の対談では、三代目としての素民さんと「素」の素民さん。そのどちらも感じ取れた気がして、とても嬉しかった。三代目としての生き方や、社会に対しての心構え。気さくでキレ味の良いお話をされる「素」民さんの自然感。お話を続けていくうちに、なぜだか「おやきの観光化」を語る僕のおじいを思い出してしまった。(すみません)

特に印象的だったのは、「良いもの」とは、贅沢なものではなく、ちゃんとしたもの。そこからなにか感じ取ることがあるはず。という、子どもの意識形成のくだり。

ちゃんとしたものに囲まれること。You are what you eat.というフレーズがあるように。普段から、自分は何を食べ、何を選び、何を考えているのか。「ちゃんと」生きるという責任が、普段の生活で必要ではないか?と強く感じた、対談でした。

池田素民さん、松本民芸家具の皆様、ほんとうにありがとうございました!

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