2022/04/01 13:21
直人:私たちはアートとプロダクトの間という意味で「アートプロダクト」という言葉を作り出し、志穂さんの作る彫刻だけれどSMLとサイズがあって、カラーもあり、品質もある程度保たれているラインと、完全にお客様に合わせて造る一点物を作っています。家具にはオーダー家具という注文の方法がありますよね。先程、松本民芸家具さんは、百貨店と取引するようになって品質が求められるようになったとおっしゃいましたが、たとえば荒削りの家具を作ってほしいといったオーダーを受けることはあるのでしょうか。
池田:オーダー家具自体は受け付けています。ただ、長い時間をかけて、私たちは物差しを持つようになりました。松本民芸家具は、こういうものであればいいという物差しです。荒削りの家具は、仕事をきちんとしていないことになるので、私たちの物差しには合わない。受けるものと、受けないものがあるんですよね。
志穂:「物差し」は具体的にはどういうものなのですか。
池田:たとえば柳先生みたいな人がいて「これは良い」「これは悪い」と判断してくれれば簡単です。けれどそういう人はいないから、自分たちで決めていかなければいけません。長い歴史の中で、お客様とのやりとりを積み重ねていくことを通して、自分たちなりの尺度を持つんです。製品として良いかという尺度、美しいかどうかの尺度などさまざまな尺度があって、それに則って私たちは仕事をしていきます。お客様からワンオフでつくってほしいと依頼を受けることもありますが、うちの尺度で設計してお客さんとのやりとりをし、納得いただけたら作るというやり方をしています。何でもかんでもお客様の言いなりでものを作るわけじゃないんです。
志穂:その尺度は家訓などのように言葉にしてあるんですか。
池田:言葉にはしていないです。感覚……というより、反復。過去のものが絶対ではないですが、全体のバランスや削り具合など、過去の家具から学びます。それも自分たちが作ったものではなく、欧米で何百年と使い続けられてきたもの、大事にされてきたものを基準として、自分たちで咀嚼できるように復元していきます。それを繰り返すとバランスが見えてきて、新しいものの開発につながっていくんです。
直人:古いものは海外に買い付けに行って入手なさるんですか。それとも設計図のようなものを使って反復するのでしょうか。
池田:買い付けにはいかないですね。幸いなことに池田三四郎も現社長も古い家具を残してくれた。それが私たちの原資であり、それをまずは勉強する。新しいものを作るときには闇雲に図面の上で考えるのではなく、まず古いものを考えてみる。そこからブラッシュアップしてCADではなく三角定規とT定規を使い、画用紙にフリーハンドで描くところから始める。それをみんなで話し合ってから試作をしてみて、また相談して最終形にしていきます。
志穂:どのぐらいの頻度で新しいものを作るのですか。
池田:毎年作ります。その時の需要や、来年はこれが売れるかもという勘、ラインナップの不足などから何を作るかを決めます。時には経営を圧迫するような使えなかった材料から考えることもありますし、展示会用にみんなが驚くようなものを作ろうと、新しいものを作ることもあります。売れないものを作るから、ものが売れるんですよね。今売れているものだけを作っていたらダメなんです。でもね、売れないものだと思っても、不思議と最後には売れるんですよ! 何年かかかるかもしれないけれど、必ず売れる。
志穂:驚くようなものとは、どんなものですか?
池田:例えば大きくて漆塗りの、このテーブルですね。漆は高価になるので滅多に作りませんが、どこかのお金持ちを騙して売りつけてやろうって(笑)
一同:ははは。
池田:日々の仕事で稼いでいかなければいけないから、今、売れているものを作りたいのは当然なのですが、本来は売れないものを見せるのが展示会なんだと思う。経済的にいつでもできるわけではないですが、チャンスがあるときにはできる限りのことはしてみたいですね。
直人:松本民芸家具さんにとって、漆はどういう位置付けなのでしょうか。
池田:木から出る樹液なので、塗装としては最良。でも外注加工になるので、単価が高くなります。そうなると民衆工芸ではなくなってしまいます。でも、やはり漆は最良だから、特別なものを作る時には使いたいんですよね。
マーティン:漆の代わりとしては何を使っているのですか。
池田:ラッカー仕上げですが、ニスを使っています。漆と同じように多層で塗り重ねていくやり方で、経年変化を産むことを目的としています。使い込んでいけば風合いがでて修復もできますし。そうすればほどほどの価格に止められます。ただ、ニスでも安くはできないんですよ。物の値段の7割以上、場合によっては8割近くが人件費で、人が関われば値段を上げざるを得ない。でも機械が手の延長線以上の、肝になる部分までやるようになってしまうのは私たちの物差しには合わないんです。一つ一つの表情がなくなってしまいますから。
マーティン:なぜ表情がなくなってしまうんでしょうか。
池田:たとえば、こういう丸みを作るためのカッターを作ったとしますよね。そのカッターは高いから、なるべくたくさんの製品に使うことで減価償却していきたくなります。すると、そのカッターのパターンがいろんなものに使われることになってしまう。けっきょくパターンの組み合わせになっていき、できたものに表情がなくなってしまうんです。それに減価償却したいから、大量生産もしたくなるでしょう。でも、手作りのものは自分たちが納得できる形にすることができます。小ロット多品種が、手で作るなら可能なんです。
直人:小ロット多品種として手で作るなら漆やニスを明るい色にすることも可能なのかなと思ったのですが、松本民芸家具さんのものはすべて濃い色ですよね。
池田:明るい色は木材を選ぶんです。木材には木目だけでなくシミや色むらがあります。世の中の人が全てそれを許容してくれるわけではないので、明るい色にしようとすると材料を選ぶことになり、無駄が出ます。一時期は明るい色の家具、白木の家具が好まれる時代がきて、その頃私は30代だったので商売に出ると「こんな重苦しい家具はいらない」と言われたこともありました。ひどいことをいう(笑)。それを間に受けてしまうと辛くなるのですが、今は色を決めるのは大事だと思っています。好きではない人がいたら「さようでございますか、ではご縁がなかったっちゅうことで」って言ってしまえばいい。私たちのような小さな組織がみんなの要望に応えようとしたらね、もう、死んじゃう(笑)。
一同:ははは、そうですよね。
池田:好んでくれる人がいて、使い込んでいくと使う人なりに擦れたり窪んだりと変化して、その人だけのものになっていく。そういう姿を理解してくれて、愛着を持ってくれる人がいます。80年仕事をして、ここ10年ぐらい、特にそういう方々に会います。間違ってなかったなと思いますね。
[ Vol.4 ]に続く...
https://www.n-oh.com/blog/2022/02/25/145245